2018年06月09日

名古屋市の生涯学習講座を担当しました

昨日は、瑞穂区の生涯学習センターでジェンダーについて話してきました。
定員を上回る申し込みがあったそうで、当日も多くの方に受講していただけました。
「雑誌」と「漫画」という二つを取り上げて欲しいという担当者からの指定があり、2時間という短い中でどう分かりやすく伝えられるか、随分と構成を考えるのに時間がかかりました。伝え過ぎても、伝えなさ過ぎてもいけないという塩梅は、一回だけの市民講座の方が難しい気がしています。
会場からの反応もよく、終わったあとには受講生の方と長く話し込む機会もありました。疎開先であったこと、家族のこと、自分が就職のときに受けた女性差別など、家族にも話したことがないという数々の思い。涙ながらに語ってくださったそれらは、紙の資料・史料には残らない生の声であり、歴史そのものだなと思いました。
貴重な機会をいただけたことを、改めて感謝する次第です。
posted by kousa at 17:12| memo

2018年04月29日

本棚の整理は化石の発掘と似ている

数年来放っておいた本棚の整理を敢行中である。この場合の「整理」とは、本棚の中で右へ左へ本を動かして何となく片付けた気になれることを指すのではなく、要不要に分けて捨てていくことを意味している。埃とねこと戦いながら片付けていたら、懐かしいものが出てきた。
院生時代に、春秋社から依頼を受けて書いたエッセイである。

「少女」の誕生(『春秋』No.485)

春秋01.png

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発行は今から11年前。一昔前である。恐ろしい。初々しさが溢れている。ご笑覧いただきたい。
posted by kousa at 20:48| book

2018年04月02日

学問は誰のためのものかが問われる時代を生きて

3月28日付けで京大が軍事研究に対する方針を発表した。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/229664

京大、軍事研究しない方針 「人類の幸福脅かす」

 京都大は28日、軍事研究に関する基本方針をホームページで発表し、人類の幸福などを脅かすことにつながる軍事研究は行わないとした。
 方針では、京大の研究活動は平和貢献や社会の安寧、人類の幸福を目的とするものだと指摘。軍事研究はそれらを脅かすことにつながるとして、京大の研究者は、研究活動が社会に与える影響を自覚しながら、社会からの信頼に応えていくことが求められるとした。


偶然にもこの数日前に『科学者と軍事研究』を読み終わったばかりであったため、京大が何故このような声明を出さなければならなかったのか、この声明が持つ意味とは何なのか、について門外漢ながらもうっすらと感じるとることが出来た。科学技術の躍進と戦争との連関は今更言うまでもない。続く大学が多いことを祈るのみである。



さて『科学者と軍事研究』である。前著となる『科学者と戦争』は未読であるため、この本の内容だけで感想を述べさせていただけば、大変面白い内容であった。まず驚いたのは、この本で紹介されているデータが2017年という最新のものであるということだった。それは著者である池内氏及び岩波書店が、この問題についてほぼリアルタイムで問題提起をしなければならない危機的状況であると捉えていることの証左であるように思う。時間をかけているヒマはない、イマココの問題として発信しなければ転がり落ちるように状況は悪化の一途を辿る。そんなヒリつくような焦燥感が、文字と文字の間から滲み出てきているようですらあった。

ただ納得がいかないのが「あとがき」の最終ページにある、この一文である。
日本国憲法の平和主義は、やはり多数の市民の心に染み込んでいる真正直な心情であり、それは簡単には覆らないと信じている。私たちは、そのような思いに力を得て運動を展開し、それなりの手応えを得ており、それが運動を継続する力の源泉となっていることは確かである。これによって、少しでも科学者の軍事研究への参画が抑制され、学問の原点が守られることを期待している。(下線引用者)

先生の仰るように、「日本国憲法の平和主義は、やはり多数の市民の心に染み込んでいる真正直な心情」なのであるとすれば、何故その平和国憲法の改憲を謳う政権が戦後最長となっているのか。本書の最後の最後で、何故こうも楽観的なまとめになるのかが全く理解が出来ない。果たしてここで述べられている「多数の市民」とは、一体誰のことを指しているのだろうか。

この国がまだ(かろうじて)独裁政権ではない以上、急速に舵を切っている安倍政権を支えているのは、名もなき「日本国民」ということになる。「平和主義」が染み込んだ「多数の市民」が本当の意味で「多数」ならば、現状の惨憺たる有様は現実化していないはずである。池内氏が何を思ってあのようなまとめを書いたのかわたしには分からない。何か本著を書くに当たって、「悪いのは政権であって、あなたたちではありませんよ」という最低限のパフォーマンスが必要だった可能性も否定できない。だが「名もなき国民」による選択の是非を問わずに政権批判をするのは、もはや机上の空論に近い。その点だけが残念であった。
posted by kousa at 22:12| book

瑞穂区の生涯学習講座を担当いたします

情報が解禁になりましたので、こちらでもお知らせいたします。
名古屋市瑞穂区で開催される女性セミナー「きらめく!私、見つけませんか?」の第二回を担当させていただくことになりました。

6月8日(金曜日) 午前10時から正午
「雑誌と漫画から読み解く女性像―ジェンダー(社会的性別)の視点から―」

担当者の方と打ち合わせの結果、雑誌と漫画をジェンダーの観点から概説させていただく予定です。
託児も可能だとのことです。
こちらから申し込みが出来ますので、よろしくお願いいたします。
http://www.city.nagoya.jp/mizuho/page/0000103738.html
posted by kousa at 21:02| memo

2018年04月01日

高橋優というシンガーソングライターが見る世界は優しい

不思議な縁で高橋優さん(以下あえて敬称略で書かせていただきます)の音楽にどっぷりはまっている。細かなきっかけは省略するとして、彼の音楽を「購入しよう」と思ったのは、関ジャムという音楽紹介番組で作詞家のいしわたり淳治さんが『ルポルタージュ』を紹介した映像を観たからだった。わたしはその数日前に友人(の息子氏)から、これまでの作品を七枚ほど同時に借りていたので、数あるJPOPの中から「今年発表された名曲10選」として、彼の新曲がラインクインしていたことにとても驚いたし、同時に何故か我が事のように嬉しかった。

いしわたり氏は『ルポルタージュ』のことをこのように表現した。

「彼はやさしい歌と激しい歌がまったく並列で同居している珍しいタイプにシンガー。この歌は、彼の激しいサイドの曲。物凄い筆圧で、綺麗な心で、汚い言葉を書いている感じがします。」




全体を黒で塗り潰したようなMVの中に、ドラマの最後にお決まりのように足される文言が、挑戦的に映し出されるAメロ、Bメロ。そして駆け上がるようにサビへと突入し、がなり上げるようにして彼は汚い言葉を顔を歪めながら叩き付ける。その勢いに圧倒されたわたしは、借りた作品に加えるべく『ルポルタージュ』を迷わず購入した。

過去の曲を聴き込むにつれ、『ルポルタージュ』を聴いているだけでは分からない、高橋優が見ている世界や人間という生き物の有様、高橋優が世界や人間に対して何に憤りを覚え、絶望しているのかについて考えるようになった。例えば彼に限らず、社会や世界に向けて呪詛を吐く歌を歌う歌手は大勢いる。社会の不平等、人の醜さや汚さについて突き付ける言葉を吐いてくる。

くたびれた顔で 電車の中揺られてる人を見た
勇気振り絞って 席をゆずってみた
「大丈夫」ですと 怪訝そうに断られたそのあと
きまり悪そうに 一人分空いたまんまのシート(『明日はきっといい日になる』)

ともわれ外交や戦争の話題よりも外タレやアイドルが話題の中心をかっさらうこの国で
汚れる汚染水の数値より好きなミュージシャンのニコ生の閲覧数の方が気になるこの国で(『BE RIGHT』)

「別にいじめたくていじめていたわけじゃないけど、やらなきゃ今度は僕がやられる気がしたんだ」と
泣きながら語る少年に全てを擦り付け あげ足とりたがりのチャンネルが正義を語る(『素晴らしき日常』)


一面ではそれは正しいし、そういう歌を歌ってもらえることで自分の中の妬みやそねみが消化される人もいるかもしれない。だが、わたしはそこにエクスキューズとアンサーの関係を見たい。「不条理な世の中をぶっ壊せ」はアンサーのようでいて非現実的な提案であるように思う。理由は実際にぶっ壊せなどしないからである。「不条理な世の中を作っている政府へNOを突き付けるために選挙に行け」はある意味でアンサーかもしれない。だが高橋優は政治性からは程遠いところから、ただひとつの答えとして「そんな世界をただ生き抜け」と訴える。訴え続けている。

悲観したってしなくたって光なら射すよ 誰にでも そうさ
愛し合っていけるさ 良くも悪くも時代は変わるよ
(略)
今日を迎えられて本当良かったと、心から言えるときが来るだろう
それが30年後の未来でも 30秒後の未来でも
(略)
楽観したっていいさ不安のほとんどが取り越し苦労よ…いつだって
愛し合っていけるさ 何が起こったって過ぎ去りゃ昨日よ(『BE RIGHT』)

失望することばかりさ 希望を持って生きていれば
でも通じ合っているような気がする この一瞬を
愛して ただ愛して 生きてゆけるのなら
きっと明日は素晴らしい
(略)
間違いだらけでいいじゃないか 街が腐りきってていいじゃないか
そこから覗いてる景色は天国にも地獄にも変えられるよ
まだ笑うことはできるかい? まだ歩くことはできるかい?
その通じ合っているような気がする人を連れて
愛し合う人の間から生まれてきた
僕らの明日が待ってる きっと世界は素晴らしい(『素晴らしき日常』)

キレるよ少年も 無垢な瞳も淀んでゆくよ バカ社会に
セクハラ先生 暴力ママが高らかに笑う
それでも生き抜いて ただ生き抜いて 混沌の時代を生き抜いて
“素敵な未来(あす)”を自らの手の平に見出して
「生まれて良かった」って笑える日まで(『こどものうた』)

大した事ないさ 何もかも順風満帆だ これくらいがどうしたと大きく声を張れ
大した事ないさ 何もかも順風満帆だ これくらいがどうしたと大きく生きてゆけ
さあ胸を張れ 生きていけ(『リーマンズロック』)

愛しき人よ どうか君に幸あれ
たとえ明日を見失っても 明けぬ夜はないさ(『陽はまた昇る』)

愛し続けられるものが一個でもあれば踏み出せるよ
そうだ僕らは今日も生きている
生きていくための術を身につけていく
倒されてく そして起き上がるたび強くなる(『Cockroach』)


小説でも歌詞でも、書き手が世界や人をどう見ているのかが垣間見える瞬間というのがある。その意味で彼の歌詞からは、どんなにクソだと罵ろうが最後の一線のところで「くだらねぇししょうもねぇしクソだけど、世界も人間も捨てたものじゃない、と思おう」という聴き手への強烈なメッセージが感じられる。彼の歌詞の中に登場する人物は皆、暗闇の中にいる。けれどそこは完全なる闇ではない。いつも、遠くにだけど一差しだけ光が射している。その光に望みを託している人の歌詞だなぁと思う。人間のくだらなかったりどうしようもないことを歌いながら、でもそんな奴らばかりじゃないと歌える高橋優からは、世界や人間を優しく見ようとする姿勢を感じられる。

「人は醜い そして愛しい」
「君がいる限り この世界は素晴らしい」

人間の嫌な部分の切り取り方に容赦がないから、それだけを聴いてると脳味噌が内側から爛れてくるし、内臓が内側からぐあっと燃える。のに、「そして愛しい」と歌う彼の歌を聴いていると、遠くに射す陽が見える。「だけど愛しい」じゃない、「そして愛しい」。「醜さ」と「愛しさ」が同居しているのが人間だと、彼は歌う。そうか捨てたものじゃないか、絶望してても生きていれば明日は来るのか、と思える。そういう歌を歌う高橋優のことがわたしはとても好きだ。そういう歌をこれからも歌っていって欲しい。

なお、これを書くにあたり、ベストアルバムの歌詞カードを初めて開いて読んでみた。
「「光を探すのではなく、自分が照らす闇を探したい」とTwitterでつぶやきました。」
書いた後に読んだのだけれども、あながち間違っていなかった、とほくそ笑んでいることをここに追記いたします。
posted by kousa at 14:18| art