2018年04月01日

今年も概念上の桜が咲く

本年も岐阜聖徳学園大学で非常勤講師として「文学」を担当させていただくことになりました。毎年前年度の反省を踏まえてシラバスを微修正しているのですが、今年度は微修正よりはもう少し大幅に修正しましたのでどうなることやらとドキドキです。しかしわたしが出来ることは、楽しく学生に話すことしかありませんので、それを忘れず毎週一回、岐阜に通わせていただこうと思っております。

さて、桜が満開なこの季節に明治村に行ってきました。花見をしに行ったのか、それとも喋りに行ったのか、少なくとも建物鑑賞よりも喋っていた方が長かったのですが、桜と洋館の組み合わせは実に美しかったです。充分入村料の元はとりました。

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ところでわたしは、桜とは現物よりも概念上の桜が最も美しいと主張する派です。今年も概念上の桜が咲き、概念上の桜が散る。その概念上の桜に極めて近い奇跡の一枚が、わたしの写真フォルダの中に入っています。これ以上の写真はもう二度と撮れないと思われます。今から14年前に明治村で撮った散り際の桜です。

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posted by kousa at 12:16| memo

2018年03月21日

入門編なのに入門編じゃない本

日本語の書き方について改めて考えさせられる日々を送っています。元々自分が悪文書きであるという自覚はありましたので、これは良い機会だと思い、日本語の書き方について良い本はないかと尋ねたら、この本を勧められました。



電車の中で読んでいたのですが、マスクがなかったら完全に危ない人になるくらい噴き出しました。本多さんを相手に「面白い本ですね!」と言ったら殺されそうですが、本当に面白い本でした。悪文がいかに作られるか、人に伝わらない文章はどのように出来上がるか、構文のどこがおかしいと混乱や誤解を招く表現になるのか、などを実例をあげながら説明されています。

自分の文章のどこがよくないのか、改めて自覚させられるきっかけとなり読んで良かったなぁとしみじみと思った訳ですが、しかしこれが例えば学部四年生の時に読んでいたら、ここまで「読んで良かった」と思えたかなぁ?とも思いました。この本は「本多勝一」の日本語の書き方を教えてくれている本であって、「日本語の正しい書き方」ではないわけです。読んでいて面白い部分もあれば、納得は出来るけれども同意はできないという箇所も多々ありました。

学位論文を書き終わった後で読むような本かと、自分で思いながら読み始めましたが、読み終わった今は、学位論文を書き終った今でなければこの本を消化できなかったなぁ、という思いでいます。読んで良かった。まぁ読んだところで明日からいきなり文章力が飛躍的に上がるわけではないのですが。
posted by kousa at 09:27| book

2018年03月19日

珈琲と本好きが堪らない店

人生で一番長く通った大学の最寄り駅が、どうやら素敵カフェスポットになっているらしい。随分前から噂には聞いていたもの行く機会がなかったのですが、つい先日「いや、それにしたって素敵過ぎるカフェがあるらしい」ということを聞きおよび、重い腰をあげて行ってきました。

端的に申し上げますと、素敵過ぎました。

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まず水ではなく白湯が出て来る。胃に優しい。そして店主がとても味わい深い。凄まじく珈琲が美味しく、目に入るものが本しかないという、ある種の人間からすると楽園のような空間がそこにはありました。最寄り駅の出口から徒歩2分という立地にあるにも関わらず、「大丈夫なのか」と一瞬心配になるほどの寂れたビルの一角にあるというのもとても良い。味わい深過ぎて大分苦い。そしてここは声を大にして言いたいのですが、このお店は何と夜の23時まで開いているのです。信じられますか、ここは名古屋ではなかったか。(反語)

詳しい友人に話したところ、「まだまだあの界隈には素敵カフェがあるよ」と教えてもらいました。また重い腰をあげる気になった頃に新規開拓をしたいなと思った次第です。
posted by kousa at 22:31| food

2018年03月18日

パソコンの前にいることが人生と≒になった人がかける眼鏡

を購入しました。(タイトルからの続きです)

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修士生時代に酷いドライアイになって以来、選択の余地もなく眼鏡をかけています。眼鏡がないと30cm先すら見えません。どうせかけなければならないならば、機能だけでなくお洒落も足せば少しは眼鏡ライフを楽しめるかもしれない。そういう発想の転換をしまして、数年単位で眼鏡を買い足していった結果、今わたしの見える範囲の中に眼鏡が四つ転がっています。確かにそれらはフレームの色や形は全て違いますが、度数は全て同じで、かつレンズも普通のものしかありません。

しかし大分前から、ブルーライト対応のレンズの必要性を感じてはいたわけです。大学四年あたりから、一日の半分以上はパソコンの前に座っており、今やその時にはなかったスマートフォンも常時持ち歩いています。目がやられている。ブルーライトとかいうよく分からないものに。実感はまるでないけれども。

そういう訳で、定期的に訪れる「新しい眼鏡が欲しい」欲求を満たすべく、近所の眼鏡専門店に行き(まぁZoffですが)ブルーライト対応レンズの眼鏡を新調してまいりました。通常レンズよりも3000円お高いレンズです。目の疲れが軽減するという謳い文句ですが、実際のところどうというより、そう言われるとそう思えて来るプラシーボ効果の方が高い気がします。

以前の記事でおすすめした、シリコンの鼻当てにしてもらうことも忘れませんでした。あの時は別途料金をとられましたが、今回のお店は別途料金はなし。しかしわたしが言うまで提案もされませんでしたので、あのままだったらプラスチックの鼻当てを取り付けられていたのは間違いはなく、そういう意味でプラマイゼロといたします。
posted by kousa at 22:03| memo

2018年03月13日

出版史研究の史料とその方法について

 はじめに
 筆者はこれまで数回に渡って「出版研究」及び「出版史研究」に関する問題提起を行ってきた 。本報告ではこれらの拙論を批判的に検証するとともに、次の二点について整理することを目的とした。
 第一に、記録された「語られた歴史」の扱い方についてである。具体的には、出版社の社史や作家や編集者による回顧録、読者の日記などである。このような史料は、雑誌や作品がどのように作られていたのか、読者にとってどのぐらい重要なものであったのかといった、「当時」を知る記録として非常に貴重なものであり、それ故に研究者にとって定番の史料として取り扱われることが多い。しかしながら、「当時」を知る貴重な史料であるが故に、その取り扱い方には慎重さが求められる。出版研究において「語られた歴史」はどのように取り扱うべきなのか。筆者が使用してきた史料を例に取りながら検討を行う。
 第二に、インタビュー調査による「語られた歴史」の取り扱い方についてである。研究者によって収拾された「生の声」は貴重な「史料」となりえるが、研究の内容によっては、そこで知り得た全ての情報を研究に生かすことが出来ず、結果として、誰かの史料となり得る「生の声」が手つかずのまま残ってしまうことも多い。そのような筆者自身の経験も踏まえ、この点について再検証を行う。

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posted by kousa at 23:07| memo